黒猫とカノン




すっかり静まりかえった街中.時計の針はちょうど0時を指そうとしている.
すべてが眠り、窓の外には星だけが明かりを瞬かせる.少女はそっとカーテンをひらいた.

   まるで1人ぼっちになったみたいだ・・・

物音1つ聞こえない.風も今は行方知れず.
「夜はキライ?」なにもない漆黒の世界から声が聞こえる.
「・・・嫌いじゃないけど、」呟くように言った言葉は、静かすぎる部屋の中でやけに大きく響いた.
「ねぇ、星を捕まえてみる気はない?」誰のものかもわからぬ声は少女にたずねる.
「星を・・・?」少女が空を見上げようとした瞬間、空には星の光が消え、目の前を加速しすぎた闇が包み込んだ.

   まるで夢から覚めるように

「此処はどこ?」眠っていた世界までもが消えてしまった.もっと、ずっと暗い空間.
自分の姿さえ確認できないこの世界はひどく冷たかった.
周りを見まわすと足元に黒い猫がいた.
目だけがくっきり見えていたかと思うと、つぎの瞬間にはライトを浴びたように猫のしなやかな体が見えた.
「おい、近づくんじゃねぇ!」顔を近づけた少女に怒鳴ったのはほかの誰でもなく、その黒猫だった.
「あなた喋れるのね.」「ああ、それがなんだよ.」機嫌が悪いのか気質なのか、猫は随分口が悪い.
「ねぇ、此処はどこなの?」いつまでもこんなところにいる心算はない.少女ははやく自分の部屋へ帰りたかった.
「んなこたぁ、どうでもいいんだよ.お前は星を探しに来たんだろう.」偉そうな黒猫は少女の問に答えない
「お嬢さん、そんなのと話していても疲れるだけだよ.」いつのまにか少女の隣にはオレンジ色の帽子をかぶった兎がいた.
「そいつはなにも教えてくれないよ.」「そう、貴方は教えてくれる?此処はどこなの?」「此処はね、君の・・・」
不敵な笑みを浮かべたかと思うと兎はすっと姿を消したのだった.
目を丸くする少女に声が呼びかける.「お話中申し訳ないが、もう鐘が鳴ってしまったよ.さあ、早く.星は逃げるのが上手いんだ.」
少女の体は深く深く堕ちていった.
足元が崩れ落ちる.速度を上げる落下.着いた地面は驚くほど柔らかく、そして温かかった.
「とっとと立て.俺は鈍い奴が大嫌いなんだ.」言われた通りに少女が立ち上がると黒猫はスタスタと道なき道を慣れた足取りで進んでいく.
「どこへ行くの?」深く茂る緑.どうやら昼間らしく、葉と葉の隙間からか細い光が射し込む.
森は続く.近くで鳥の鳴く声が木魂した.見上げても姿は見えない.複数の声をつらねて鳥たちは唄いだした.

   また来たのね、名も無き子 誰も呼ばぬ呼べぬ神隠し
     キラキラ輝くそれは過去 いつしかすべては過去になる 暗くなる

思わず少女は足を止めた.甲高く笑うように木魂する唄.背筋が冷たくなる.
「ねぇ、どこへ行くの!」「うるせえな、星を捕まえに行くんだよ.」
「でも今は昼よ.あんなに高く陽が昇っているもの.」少女の言葉に黒猫は怪訝そうに眉間に皺を寄せた.
「お前らはなんて目が悪いんだ.昼間だって、同じところに星はあるのによ.」
少女はハッと息を呑む.鳥たちは羽音を交えて唄い続けた.

   あっちへ、そっちへ、名も無き子
     誰も知らない 貴方も知らない だから誰も呼べはしない
      誰かが答をくれるまで、貴方はどこへも還れない

深緑の葉、茶色の茎、ときには真っ赤な実をつける木を横目に見ながら少女はただ黒猫の後を追った.
夜.静かな夜.頭上には星と月が見える.
「星を捕まえる・・・、」少女は呟いた.黒猫はフンッと鼻をならしただけだった.
「もし、星を捕まえたら、私は家に帰れるかしら.」物語はいつだって目的を成し遂げたら終幕.
エンディングの先にあるのはリセットだ.黒猫が否定も肯定もしないので少女は泣きたくなった.
「また遇ったね、お嬢さん.」近くの茂みをガサガサならし現れたのはあの兎だった.
ずり落ちた帽子を直し少女の前に座り込む.黒猫は小さく舌打ちした.
「こんばんは.なにか御用?」「いや、とくに用事はないのだけれど.・・・、ただ、貴方の瞳はとても綺麗な碧玉色だと思いまして.」
そう言って兎はじっと少女の瞳を覗くのだった.果てしない海のような瞳を.それはまるで少女自身.
純粋がゆえに迷い、純真がゆえに悩む.
金髪がふわりと揺れ、少女は見つめ返した.兎の真紅の瞳を.丸い緋石の中に映る自分.そしてそっと口をひらいた

   「貴方の瞳も素敵よ.その彩はとても純粋で真っ直ぐだわ.純然なる紅≠ヒ.」

少女が口にした途端、風のこすれあう音がかすかに耳をかすめ、兎の足元には光があふれだした.
「ありがとう」
兎は消え、最後の台詞の余韻だけが1人と1匹をつつんだ.